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シリーズ「文京をゆく・その19」竹久夢二美術館・弥生美術館 番外編 ~文京区弥生~

さて、前回で一応、竹久夢二美術館・弥生美術館は紹介し終わりましたが、
もちろん、文京区弥生はこれだけではありません。

せっかくですから
今回は竹久夢二美術館・弥生美術館見学後の“番外編”として、
文京区弥生の町をもう少しご紹介することにいたしましょう。

弥生門 
竹久夢二美術館・弥生美術館を出て、
言問通り方面すぐ向いに見えるこの門が「東大弥生門」です。

東大の門の中でも歴史の古い「弥生門」ですが、
「池之端門」同様、こちらも何やら工事中のようです。

いままで、シリーズ「文京をゆく・その10」 最終回「東大の門」などで
数多くの「東大の門」をご紹介してまいりましたが、
今回の「弥生門」と前々回の「池之端門」と合わせて、これですべての門を紹介したかな?

……あ、実は後ひとつお話ししていない門がありました。
こちらもそのうち取り上げることもあるでしょう。

立原記念館 
東大弥生門のほぼ向いには立原道造記念館があります。

こちらも竹久夢二美術館・弥生美術館と同じく、鹿野琢見氏が設立した記念館で
1997年、立原58回目の命日に開館されました。

詩人であり、建築家でもあった立原道造ですが、
六年間、ここ文京弥生で東大学生時代を過ごしたというゆかりがあるそうです。

立原道造記念館、弥生美術館、竹久夢二美術館の3館共通の割引券もあるそうなので、
こちらも一度、御立ち寄りしてみたらいかがでしょうか。

弥生美術館、竹久夢二美術館同様、年4回ほどの企画展も開催しています。

言問通り手前 
暗闇坂はここから大きく左にカーブしていきます。

この先は言問通りで、前方に見える建物は東大農学部校舎です。

農学部側沿いに渡って根津方面に少し行ったところに
弥生式土器の発見地」の説明板があります。

弥生式土器の発見地 
かなり老朽化が進んでいて、一部判読が難しい部分もありました。

弥生といえば「弥生時代」の「弥生式土器」が有名ですが、
明治時代発掘当時、最初の発見地はどこであったのかはっきりしていないそうです。

これには近年まで3説があったそうですが、
1974年(昭和49年)に東大浅野キャンパス内の「弥生二丁目遺跡」発掘により、
今では東大校内旧浅野地区の工学部九号館わきあたりが最有力とされているとのこと。

再び向い東大工学部側に渡って、不忍通りに進みますと……

浅野地区遺跡案内 弥生式土器発掘ゆかりの地
東大工学部の片隅に「弥生式土器発掘ゆかりの地の碑」があります。

“ゆかり”となっているのは、
あくまで「いくつかある説のなかでの有力なもの」、
という意味もあるのでしょうね。

弥生坂 
さて、言問通りをしばらくいくと、大きな下り坂になっていきます。

この不忍通りにつながる真っすぐでダイナミックな坂が「弥生坂」です。

弥生坂」に関しては根津方面の坂シリーズとして
改めてご紹介したいと思いますので、今回はこの辺で。


おまけ。

丸の内ビル夢二展 
丸善・丸の内本店4階ギャラリーでも
9月23日まで「竹久夢二展」が行われていたので、ちょっと足を運んでみました。

……なぜか「宇宙戦艦ヤマト完全復活展」と同時開催でした。

隣からBGMが「さらば~地球よ~♪」と大音量で流れてくる中、
夢二の肉筆画や木版画を鑑賞するのは
ちょっとシュールで不思議な感覚でしたね(笑)
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